当店からのご挨拶
土屋俊輔
はじめまして。
鍼灸院はりえくぼ代表の土屋 俊輔(つちや しゅんすけ)と申します。
このたびは、鍼灸院はりえくぼのホームページをご覧いただき、誠にありがとうございます。
このページでは、私(土屋 俊輔)の
・鍼灸師を目指したきっかけ
・鍼灸院はりえくぼの開業にいたる経緯
・方針や取り組み
をお伝えいたします。
【土屋俊輔のおもな経歴】
高校卒業後は関西医療大学へ進学
→鍼灸師として大手治療院グループへ就職
→仕事で結果が出たものの心身の不調により退職
→自身の不調をきっかけに鍼灸師のあるべき姿を再認識
→鍼灸院はりえくぼの開業にいたる
【鍼灸師を目指したきっかけは野球選手時代のケガ】
小学校1年から野球をはじめ、気がつけば花形ポジションでもあるピッチャーをまかされるようになりました。
しかし、身体の成長期に入った小学5年生ごろから、肘や肩のケガに悩まされる日々を過ごします。
だましだましボールを投げ続けられるわけもなく、地元の鍼灸整骨院に通院。
藁にもすがる思いで通院を続けた結果、野球選手として輝かしい成績は残せなかったものの、高校卒業までプレイヤーとしてグラウンドに立ち続けることができました。
ケガと向き合い続けた約8年間の経験から、自分を支えてくれた鍼灸整骨院の先生の姿に憧れを抱くように。
「誰かを支える側の人間になりたい」
と考えるようになり、鍼灸師の道へ進むために関西医療大学へ進学します。
【大学卒業後は大手治療院グループへ】
大学を卒業とあわせて、国家試験にも合格して鍼灸師免許を取得。
その後は、大阪の大手治療院グループに就職します。
【若さと勢いに身をまかせた勤務時代】
就職後は、自ら進んで終電まで仕事に打ち込む日々。
野球で培った体力に自信があったため、ほとんど苦になりませんでした。
若さと勢いにまかせたこともあり、業績アップに貢献したことを評価され、社内で表彰していただけるまでに成長します。
気がつけば、入社2年足らずで1店舗(分院長)をまかされるようになりました。
【『順風満帆』から一転して退職に追い込まれる】
ここまで順調にキャリアを積み上げ「この先も大丈夫」と自信がつくと思いきや、
「いったい自分はなんのために鍼灸師になったのか?」
といった理想と現実のギャップに悩まされます。
自分の環境に疑問を抱くようになり、身体と気持ちのバランスがくずれたためか、出勤時に発作がでてしまい家から出られなくなるように……
そのまま、休職期間を経て退職にいたりました。
【鍼灸院はりえくぼの開業にいたるまで】
うつを発症後は、地元(吹田市)にある鍼灸院へ患者として通院することに。
親身に向き合ってくれる先生と出会い、
・野球をしていたときにサポートしてくれた鍼灸整骨院の先生
・純粋な気持ちで鍼灸師を目指していたころの自分
を思い出します。
数字や結果だけにとらわれない鍼灸師として再出発
すこしずつ心身の調子がもどる過程で、勤務時代の自分と向き合えるようになりました。
そこで気づいたのは、1人ひとりの患者さんとは向き合わずに、会社から求められる売上などの数字や結果だけを追い求めてしまい、自分自身を追い込んでしまっていたこと。
退職直後は認めたくなかった部分でもありますが、
鍼灸師として1人1人の患者さんと向き合っていなかった
自分が良いと思えるものを提供していなかった
という結論にいたります。
患者として鍼灸を受けたことで、自分の不調の原因を客観的に理解できるようになり、同時に『鍼灸師としてのあるべき姿を見直す良い機会』と前向きに捉えられるようになりました。
【身近な人の支えもあり開業を決意】
鍼灸とあわせて、妻の献身的なサポートもあり、調子を崩す前の状態にまで心身ともに回復します。
その後は、妻とも話し合い独立を決意。
「自分とおなじように、目に見えない心身の不調を抱えてしまった人の支えになりたい」
といった思いを原動力に、鍼灸院はりえくぼの開業に至りました。
【さいごに】
若さと勢いに身をまかせた勤務時代に『順風満帆』から一転してうつを発症して退職に追い込まれるも、
『鍼灸師としてのあるべき姿を見直す良い機会』
と前向きに捉えられるようになりました。
「自分とおなじように、目に見えない心身の不調を抱えてしまった人の支えになりたい」
この想いを胸に、鍼灸院はりえくぼをご利用いただいた方には、鍼灸師としてだけではなく人として心から向き合わせていただきます。