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文豪のこぼれ話(金之助君!ストレス溜めすぎ)

投稿日:2018/06/11

こんにちは、銭田治療院千種駅前主任で、あん摩マッサージ指圧師の繁本です。

 今日は、快晴ですがまもなく梅雨に入り、ぐずついた天気が続くと思うと何だか気分も滅入ってしまいますね。

 さて、そんな天気同様いつもストレスを抱えて生活をしていた、金之助君のお話をしたいと思います。

 金之助君には年のずいぶん離れたお姉さん(腹違い)が2人いました。家族が多くて育てるのが大変だったのか、両親は彼を生後4ヶ月で里子(戸籍を移さず他家で養育費を払い面倒見てもらう)に出してしまいました。その家は、古道具屋を営んでおり店先には、様々な商品が陳列されていました。

ある時、お姉さんが店先を通りかかると、金之助君が店先の商品と一緒の陳列棚の奥にちょこんと座っているのが目に入りました。『エー、何』彼女は弟の粗略な扱いにびっくりして早速両親に報告し、結果1歳で本家に戻ってきます。しかし、両親はあろうことか、また金之助君を奉公人の塩原家の養子に出してしまいます。その後、ようやく本家の籍に戻してもらったのが21歳のときです。まあ、たらい回しにされたようなもんです。

こんな生活を強いられたら誰でも世の中を斜(しゃ)に見て、人間不信に陥るのも無理は無いですよね。

その後、官費でイギリスに留学することになるのですが、時代は1900(明治33)、当然飛行機は無いので船旅です。インド洋周りでスエズ運河を抜けてようやくイギリスに到着するのですが、この航海も金之助君にとっては、無味乾燥・退屈そのものであったようです。ちなみにスエズ運河は1869年(明治2年)に開通しているため、わざわざ南アフリカの喜望峰回りをしなくてもよかったので、かなりの時間の短縮は出来たはずです。

さて、ロンドンに着いた金之助君を待っていたのは、霧に煙るロンドンではなく、煤煙で空一面がいつも曇っているそれでした。煤煙はいち早く産業革命を成し遂げたイギリスの負の遺産です。(工場・蒸気機関車・暖房器具等)根っから神経質の金之助君が更にブルーになったのは、彼の日記からも散見できます。

さてここまで長々と書いてきましたが、皆さんも金之助君が誰だか推察がついていると思います。

そう、夏目漱石その人です。

彼は1867(慶応4)生まれ、1916(大正5)に亡くなっています。

言わば、日本が近代化にまっしぐらに進んだ時代を生きた人です。江戸時代までの様々なものが時代遅れのものとされ、文化面での改革が推し進められました。西洋が正しく、東洋(中国を中心とした東アジア)はダメ、したがって現在私達治療院でおこなっている、鍼・灸・あん摩と言ったようなものも、容赦なくその被害を受けていたと思われます。

 さて、今時代が下って東洋の様々な英知に衆目が注がれています。様々な病院を受診してもなかなか痛みの解消がはかれない、身体のだるさ、気分が一新しないといった利用者様が当院をたずねてきます。

漱石の書籍を読んでいると、今の時代なら彼の症状を少しでも緩和してあげられていたのではないかと思ってしまうのは、私だけでしょうか?

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